日本の中絶は患者を懲らしめるためのものなのか
ツイッターを眺めていたところ、
「医療手技はよく『懲らしめ』に使われる。日本の中期中絶は麻酔を使わない、初期中絶も世界の主流である吸引法ではなく痛みを伴う掻把術であるのもそうだ」
「古い手技に固執していることで患者への身体的負担と苦痛をあえて維持している」
「中絶薬が日本で認可されないのは負担の少ない中絶は悪だからという日本的価値判断があるのでは?」
「中絶は開業産婦人科医の主な収入源の一つなので既得権益にしがみついているのでは?」
という精神科医のポストをみて?????ということばかりだったのですが、医師でさえそれならば、そのように思っている人も多いんだろうなー。
というわけで、いや、違いますよということについてつらつら書いていきます。
まず、中期中絶とはなにかですが、膣から手術できない大きさに育った胎児の中絶法です。点滴を使ったり膣剤を使用しますが、通常のお産のように分娩するので痛みが伴います。
ここでふりかえってほしいのは、通常のお産で麻酔、つまり無痛分娩は普及しているかということですけど、してません。痛みがあればこそ母親になれる精神論がそれを阻んでいる説も強いですけど、最も普及しない理由は麻酔科医の不足です。365日24時間対応できるマンパワーはないです。
そんなわけで、当然同じような中期中絶についても麻酔は普及していません。医療保険は使えないので、どうしても自費でいいからしてほしいというならありかもしれませんけど。
初期中絶についても世界で主流である吸引法でなく古来よりの掻把術にこだわるのはなぜかということですが、単に機材が高価すぎるからです。中絶でも流産でも使用する医療器具は同じですが、流産の費用はだいたい3万程度です。
吸引法で患者ごとに使い捨ての器具を使うと2万くらいかかるので、薬剤料など合わせるともう人件費は出ない計算です。
医業はボランティアではないので収益を出す必要がある以上、初めから赤字とわかっている方法は普及しないでしょう。
そして、掻把術は痛みを伴うものであるかといえば、無麻酔で行えば当然激痛ですが通常麻酔を使います。きちんと使えば痛みはないです。寝ているうちに終わります。
「いや、私は痛みがあった!」という人もいるかと思いますが、今の40代以上の医師のほとんどはストレート研修といって、自分の科の研修だけをしてきた医師です。よって、患者を懲らしめているというより、単に痛みをとる麻酔薬の知識がないだけというパターンも散見されます。そういう先生にはちょっと勉強してほしいかな…。
ただし、母体保護法指定医のごく一部ではあるけれど、患者を懲らしめる意図は持っているのは事実だろうと思います。なぜなら自分の昔の上司がそういう人だったからです。今もその医師がそういう考えなのかはわからないけれど、少なくとも20年近く前にはいました。個人的には、そういう医者はご自身が医療行為を受ける際も多少痛みを感じながらされたらよろしいんじゃないかなとは思っています。
そして、中絶薬ですが、飲めばするっと中絶できる夢のような薬ではありません。
個人輸入する人たちへの注意喚起として厚労省が記載しているのは、内服可能な期間は、最終月経から数えて49日間です(WHOでは妊娠9週までは可能、ただし成功率は週数が進むと下がっていく)。だいたい妊娠6週〜9週くらいですので、薬の処方を受けるには、その時点で病院を受診している必要がありますが、現実には最終月経を覚えていない人もかなりいてそこそこ週数が進んでから受診する人も多いので、認可されたとしても限られた人しか内服できないと思われます。
ので、ぶっちゃけ認可されたとしてもそんなに主流にはならないんじゃないかな…。
あと、内服後は当然出血が起こりますし副作用もありますのでそこはお忘れなく。
中絶が開業医の主な収入源なのかどうかは私は勤務医なのでわかりませんけど、病院では圧倒的にお産と手術が収入源でしたね。
大昔にピルが認可されないのは中絶が減るからだという話は聞いたことはありますが、現代にそれで食ってる開業医あんまきかないですね。
ただし、やはりごく一部にばんばん危険な中絶もやって死亡者を出しているクリニックもありますので、同業にそういう医師がいるということは残念ながら認めないといけないところ。
なんだやっぱり懲らしめるために痛みがあっても良しとする医師もいるしがっぽり中絶で儲けてる医師もいるんじゃんということではありますが、それが日本全体の産婦人科医、母体保護法指定医と思ってもらっては困る、つかデマっていうか陰謀論でしょそれは。
ヘイトスピーチ垂れ流してる人をみて海外の人が「これが日本人の総意か!」と思っていたら「いやいやそれは違うから、ごく一部だから」って誤解を解きたくなるでしょ。そんなかんじ。
まあ母体保護法指定医の仕事とかどうでもいいでしょうし器具が高いとか麻酔科医がいないとか知ったこっちゃないと思われるでしょうけど、そして医者が金の話するのは好まれないのも知ってるんですが、医療はボランティアじゃないんで、利益は出さなきゃ食っていけないんですね。どんな小さいクリニックも事務がいれば看護師はじめスタッフもいるから食わせなきゃいけない。経済的な負担が上昇してもよければ、吸引法での流産手術は増えると思うし無痛分娩も増えると思うよ。
そんなわけで、当該の精神科医師のツイートは「これが日本の医療だ!」みたいに思われると困るんで書きました。
多くの産婦人科医は母体を保護する立場なので、痛みを取り、次回以降妊娠希望がないならその方法を伝えていて、懲らしめるための医療はしていないということだけは知っておいてほしいところです。
追加)
懲らしめるために中絶の痛みをとらない産婦人科医がいるって話、女性蔑視の医者ならあるとは思うね。でも、中絶する人のイメージをどう抱かれてるかよくわかんないけど、中絶する人の理由、特に懲らしめるものがないんだよね。経済的困難だったり避妊の知識がなかったり相手が避妊に無頓着だったり…。
— タビトラ (@tabitora1013) 2017年7月17日
妊娠は1人でできるものじゃないから、必ず妊娠させた相手もいるんですよね。そして個々の様々な理由があって、医者はそれを断罪する立場にはないわけです。それに上から説教くらわせたり痛くても自業自得といえるような医者は基本的に産婦人科医であっても女性蔑視とか患者への見下しがあるんだと思う
— タビトラ (@tabitora1013) 2017年7月17日