内診台と患者さんの思い出

産婦人科での内診では思い出があって、あれはまだ私が産婦人科医になる前の初期研修医だった頃。

子宮頸がんの末期の方がいて。その方は、腺がんという、やっかいなタイプで、元々は全国有数の施設に通院していた方だった。

 


彼女は最初に診断を受けた後、A病院に紹介された。いくつもの内診台が並んだ内診室で、股を開いたまま婦人科医の内診を待つ。

それが終わると、同じ病気の人を全員集めて治療の説明が始まった。

彼女は、自分が人として扱われていないと感じ、手術をキャンセルし、標準医療そのものから遠ざかってしまった。その後、信頼できる医療者と出会い、治療には結びついたが遅かった。それでも、自分のようなことを繰り返して欲しくないと医療者や学生向けに講演をしていた。

 


私が出会った頃、彼女の尿管はすでにがんに蝕まれていて、体の外から尿を出すための管を入れていたし、足は象のように浮腫んでいて、移動もままならなかった。管の交換の時に痛みその他苦痛を伴うが、担当の泌尿器科医には思っていることを言えないという。

「思ってることを言ったらいいじゃないですか」と若い私が言ったら、「先生、患者はね、そんなに思ったことを言えないのよ」と彼女は答えた。そんなものかなあ、患者と医師は対等と習いましたが?あなたも講演で熱く語られていたではありませんか?とその当時の私は思っただけだった。

彼女は私が産婦人科医になってほどなく亡くなられた。

 


その後長い時が流れても、未だに私はショックを受け続けているんだと思う。

婦人科医の行動が患者の医療忌避を招いたこと。命を落とされたこと。

何かのおりに、ふと、「先生、患者はね、そんなに思ったことを言えないのよ」という彼女のセリフが脳から流れてくる。

たいてい患者との関係は良好なのだけど、それでも目の前のこの人はもっと言いたいことがあるのかもしれない、こんなこと言ったら不利益を被ったり関係が悪くなるかもしれないと飲み込んでいるのかもしれないと思う。医療忌避の人は、過去にひどく医療機関で嫌な思いをしたり説教されたりの経験があるんじゃないかと思って話を聴くようにしている。

 


ネットで産婦人科医について荒れる時は、たいてい過去に産婦人科医で酷い目に遭ったという経験が増幅していく時で、しかしそれらは自分の業界で実際に起こっていることで、怒りや痛みをその時言えなかったことを受け止めないといけないんだろうなと思っている。

 


教育や一般的な性差別やハラスメントの認識が広がったおかげで産婦人科医の態度というものは改善してきているとは思うものの、残念な産婦人科医がまだいることは事実で、由々しき問題だと思うけれど、患者からこの先生はこういうことをした、言ったと聞く以外、各産婦人科医の診察風景はわからない。

学会や医会で教育しろという声はあるけれど、強制力のあるものはないので、参加してもらわないことにはどうにもならず、そもそも自分に問題があるとは思っていない病識のない重病人みたいなものなので、治療につなげることができない。

 


しかしトレンドワードに産婦人科医が上がるくらいなんらかの苦痛を感じている人がいるということを、共有くらいはしてもいいんじゃないかと思っている